不動産鑑定評価とは、「土地若しくは建物又はこれらに関する所有権以外の権利の経済価値を判定し、その結果を価額に表示すること」(不動産の鑑定評価に関する法律第2条第1項)です。つまり、不動産の鑑定評価は不動産の経済価値を金銭に見積もる行為全般を指します。ですから、取引当事者が取引の対象となっている不動産について主観的に値付けをすることや、宅地建物取引業者が取引の仲介等の一連の業務のなかで売買価格等を設定するために価格査定を行ったり、顧客に対し値付けに関してアドバイスすることがありますが、これらも広い意味では不動産の評価であるといえます。ただし、不動産の鑑定評価に関する法律では、これら仲介等における価格査定や建築士の建物価格査定等は、不動産の鑑定評価からは除外され、「他人の求めに応じ報酬を得て、不動産の鑑定評価を業として行うこと」が「不動産鑑定業」と定義され、不動産鑑定士(不動産鑑定士補を含む 以下同様。)以外の者が鑑定評価を行ってはならないとされています。
また、不動産鑑定士が準拠すべき不動産鑑定評価の実務指針である不動産鑑定評価基準では、不動産の鑑定評価について、「不動産の鑑定評価は、その対象である不動産の経済価値を判定し、これを貨幣額をもって表示することである。それは、この社会における一連の価格秩序の中で、その不動産の価格及び賃料がどのような所に位するかを指摘することであって、…高度な知識と豊富な経験及び的確な判断力を持ち、さらに、これらが有機的かつ総合的に発揮できる練達堪能な専門家によってなされるとき、初めて合理的であって、客観的に論証できるものとなる」と指摘しています。
さらに詳しく不動産鑑定評価を定義するならば、「一般の商品の価格が自由なプライス・メカニズムの下で形成されるのに対し、不動産は個別性が強く、取引市場も局限されているので、自由なプライス・メカニズムが成立し難い。不動産、特に土地の適正な価格を求めようとすれば、合理的な市場の価格形成機能に代わって不動産の適正な価格を判定する作業が必要となる。このような意味で、不動産の鑑定評価とは合理的な市場があったならばそこで形成されるであろう正常な市場価値を表示する価格を不動産鑑定士が的確に把握することを中心とする作業である」(日本不動産研究所編「不動産用語辞典第7版」)といえます。
土地は全ての経済活動及び人間生活にとって最も基礎的な土台ですが、一般の財と異なる次のような性質をもっています。不動産全般についても、このような土地としての特性を反映した性質を有しています。
土地は新たに供給(すなわち生産)することができないという本質的な特徴を持っています。
土地は一般の財のように、価格が上昇すれば新規に供給が生じるということはほとんどなく、不動産の所有者がどのような動機によって売り手として市場に現れてくるのかという問題にすぎません。所有者である売り手は、土地の価格が上昇したからといって、その不動産を売却しようとするケースは少なく、資金繰り・破産・納税等何らかの特別な理由による換金の必要性が生じないかぎり、多くの場合売り手として市場に現れることはありません。
このように制限された土地の供給(新たに生産できないということ)のために、土地建物から構成される不動産もその所在する場所ごとに個別性をもち、同じ不動産は二つと存在しません。不動産には全く同じものが存在しないという性質が不動産の個別の価格に決定的な影響を与えます。
このように、「新たに生産できない」、そして「全く同じものが存在しない」という特性があるために、その情報にも不完全性が生じ、一般の財のような時価を形成する効率的な市場の成立は困難となります。
しかし、きわめて不完全でありながらも不動産には取引市場があり、どのような種類の不動産であるかによりその市場を異にすることになります。
不動産鑑定評価基準には次のように述べられています。「不動産の現実の取引価格等は、取引等の必要に応じて個別的に形成されるのが通常であり、しかもそれは個別的な事情に左右されがちのものであって、このような取引価格等から不動産の適正な価格を見出すことは一般の人には非常に困難である。したがって、不動産の適正な価格については専門家としての不動産鑑定士の鑑定評価活動が必要となるものである。」
取引当事者等の主観的な見方や取引等の事情を排した不動産の適正な価格を求めるためには、十分に効率的であるとはいえない不動産市場の市場メカニズムについての体系的な知識や技術を体得した専門家の鑑定評価活動に依存せざるを得ません。
わが国においては、昭和 30年代末に、高度成長による都市への急速な産業・人口の集中を背景とした土地・住宅問題に対応するために、不動産鑑定評価の専門家によって鑑定評価活動が担われることによって、公共財としての性格を有する土地等の適正な価格の形成に資することを目的として、不動産鑑定業の登録制度、不動産鑑定士等の資格制度などを規定した「不動産の鑑定評価に関する法律」(昭和
38年 7月 16日法律第 152号)を中核とする不動産鑑定評価制度が創設されるとともに、土地の適正な価格に関する情報を社会一般に提供する仕組みである地価公示制度を規定した「地価公示法」(昭和 44年 6月 23日法律第 49号)が制定されました。
当時の立法主旨においては、地価高騰の原因として、需給両面の要因のほかに、土地特有の性格によって生ずる地価の合理的な形成の困難さがあり、特に適正な地価に関する情報不足が地価の合理的な形成を妨げ、はなはだしくこれを混乱させる原因となっているという認識のもとで、不動産鑑定評価制度の意義を土地特有の性格に起因する現実の地価決定の不合理性を極力排除して、地価形成の仕組みに合理性を与えようとする、いわば土地の流通対策というべきものであると指摘するとともに、公共用地の取得等における公正妥当な補償額の算定に資することを通じて、公共用地取得の適正化・円滑化をも意図するものであるとしています(櫛田光男・大石泰彦編(1971)、「土地問題講座 2土地経済と不動産鑑定評価」、鹿島出版会)。
不動産の鑑定評価に関する法律は、同法第1条に規定されているとおり、「不動産の鑑定評価に関し、不動産鑑定士及び不動産鑑定業について必要な事項を定め、もつて土地等の適正な価格の形成に資すること」を目的としています。
前述のとおり、この法律は、「他人の求めに応じ報酬を得て、不動産の鑑定評価を業として行うこと」を規制しており、不動産の鑑定評価を業として行う場合には不動産鑑定業の登録が必要となります(同法第 22条)。不動産鑑定業の登録のためには、事務所ごとに専任の不動産鑑定士を一人以上置くこと(同法第
35条)などの要件を満たさなければなりません。また、不動産鑑定士の資格制度も同法によって規定されており、不動産鑑定士の資格を取得するためには、不動産鑑定士試験への合格及び実務修習の修了といった要件を満たしたうえで、不動産鑑定士の登録を受ける必要があります(同法第 15条)。
不動産鑑定評価制度において、不動産鑑定士が不動産の鑑定評価を行うに当たって、その拠り所となる実質的かつ統一的な行為規範として、昭和39年に「不動産鑑定評価基準」(宅地審議会答申)が設定されました。この「不動産鑑定評価基準」は、通常の法令のような形式で制定されたものではありませんが、不動産鑑定士が不動産の鑑定評価を行うに当たって、常に準拠すべきものであると位置付けられています。
「不動産鑑定評価基準」は平成14年に全部改正、平成19年、平成21年及び平成26年に一部改正されています。現行の不動産鑑定評価基準は、不動産鑑定評価全般にわたる実務指針である「総論」と不動産の種別及び類型に応じた評価手法等の具体的な指針である「各論」で構成されており、さらに、「不動産鑑定評価基準運用上の留意事項」が示されています。
なお、平成19年、平成21年及び平成26 年における基準改正の概要は次のとおりです。
①平成 19年改正(平成 19年 4月 2日一部改正)
a. 基準改正の背景等
不動産証券化市場の急速な進展に伴い、その健全な発展と透明性の確保のため、投資家や市場関係者に対し利益相反の回避や取引の公正性を示す上で不動産鑑定評価の果たす役割が増大しています。
また、経済社会状況の変化に伴う鑑定評価に対するニーズの変化により、市場関係者やエンジニアリング・レポー卜作成者との連携の必要性、鑑定評価書における説明責任や比較容易性等が強く要請されています。
このようなことを背景として、平成 19年 4月2日付け国士交通事務次官通知で不動産鑑定評価基準等が一部改正され、証券化対象不動産の鑑定評価に関する基準の明確化等が行われました。
改正では、不動産鑑定評価基準に「各論第 3章」を新設し、証券化対象不動産として鑑定評価を行う場合の適用範囲、鑑定評価にとっても重要な資料であるエンジニアリング・レポートについての不動産鑑定士の主体的な活用、DCF法の適用過程の明確化や収益費用項目の統一等を盛り込みました。
b. 「各論第 3章」の概要
ア.証券化対象不動産の鑑定評価
証券化対象不動産とは、不動産投資法人などが取得(予定も含む)・保有する不動産のことです。そして、証券化対象不動産の鑑定評価の結果は、依頼者だけでなく広く投資家にも大きな影響を及ぼすので、その鑑定評価に当たっては、通常の鑑定評価にも増して詳細な調査や説明責任が求められます。
このようなことから証券化対象不動産の鑑定評価に当たっては、各論第 3章を適用して鑑定評価を行い、鑑定評価書の表紙などに各論第 3章を適用したことがわかるように記載することとされています。
イ.エンジニアリング・レポート(以下「ER」という。)の活用
ERとは、証券化対象不動産の鑑定評価に当たって対象不動産の個別的要因等の確認等に必要となる、建築物・設備等及び環境に関する専門的知識を有する者が行った対象不動産の状況に関する調査報告書のことです。証券化対象不動産の鑑定評価に当たっては、原則として必要な資料とされており、不動産鑑定士は、依頼者に対し当該鑑定評価に際し必要なエンジニアリング・レポートの提出を求め、その内容を主体的に分析・判断した上で、鑑定評価に活用しなければなりません。
ウ.DCF法の適用過程の明確化や収益費用項目の統一
証券化対象不動産は、その多くが投資用不動産市場に属し、需要者は国内外の法人投資家等が中心になります。当該需要者は一般的にその収益性を重視して取引を行う傾向にあることから、証券化対象不動産の鑑定評価に当たっては、収益還元法による収益価格を重視することになります。収益還元法には、直接還元法と DCF法がありますが、各論第3章では DCF法を中心に、適用過程の明確化(鑑定評価書の説明責任の向上のため)や収益費用項目の統一等(鑑定評価書の比較容易性の向上のため)が図られています。
② 平成21年改正(平成21年8月28日一部改正、平成22年1月1日施行)
依頼者のニーズの多様化や企業会計における不動産の時価評価の一部義務化等に伴い、不動産鑑定評価基準によらない価格等調査のニーズの増大が想定される一方、依頼目的等に見合わない簡便なものが依頼されるなど、トラブル発生の可能性が出てきました。
これに対応するため、不動産鑑定業者が業として価格等調査を行う場合に、当該価格等調査の目的と範囲等に関して依頼者との間で確定すべき事項及び成果報告書の記載事項等について定めた「価格等調査ガイドライン」が平成21年8月に策定されました。
これを踏まえ、平成 21年の基準一部改正では、第8章鑑定評価の手順において、第2節として「依頼者、提出先及び利害関係等の確認」が付け加えられました。
③ 平成26年改正(平成26年5月1日一部改正、平成26年11月1日施行)
不動産市場の国際化、ストック重視社会への転換、証券化対象不動産の拡大を踏まえ、多様な評価のニーズに対応していく観点から以下の点を改正しました。
a.不動産市場の国際化への対応として、スコープ・オブ・ワークの概念を導入し、さらに価格概念に関する国際評価基準(IVS)との整合性を向上させました。
b.ストック型社会の進展への対応として、建物に係る価格形成要因を充実させ、さらに原価法に係る規定を見直しました。
c.証券化対象不動産の多様化への対応として、事業用不動産に係る規定を充実させました。
d.定期借地権に係る規定を充実させ、継続賃料の鑑定評価に係る規定を見直しました。また、不動産鑑定評価基準の一部改正に伴い、「不動産鑑定評価基準運用上の留意事項」と「不動産鑑定士が不動産に関する価格等調査を行う場合の業務の目的と範囲等の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン」及び「不動産鑑定士が不動産に関する価格等調査を行う場合の業務の目的と範囲等の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン運用上の留意事項」の一部も改正しました。
公的土地評価には、前述の地価公示のほか、国土利用計画法に基づく都道府県地価調査、課税目的のための評価としての相続税評価及び固定資産税評価があります。政府は、土地基本法等を踏まえて、これらの公的土地評価に対する国民の信頼を確保するとともに、適正な地価の形成と課税の適正化を図るために関係省庁でそれらの均衡化・適正化を推進しています※。
不動産鑑定評価は、これらの公的土地評価の均衡化・適正化のために多くの貢献をしています。
※土地基本法第 16条(公的土地評価の適正化等)
国は、適正な地価の形成及び課税の適正化に資するため、土地の正常な価格を公示するとともに、
公的土地評価について相互の均衡と適正化が図られるよう努めるものとする。
(1) 地価公示
地価公示は、地価公示法に基づき、毎年 1月 1日時点における公示区域(都市計画域その他の一定の区域)内の標準地の正常な価格を調査公表する制度です。公示価格は、国土交通省土地鑑定委員会によって決定されますが、その作業については、各標準地について 2人以上の不動産鑑定士によって行われた鑑定評価を基礎としています。
地価公示制度は、次のような役割を担っており、不動産鑑定評価制度及び公的土地評価制度の根幹となっています。
◇一般の土地の取引価格に対する指標の提供
◇不動産鑑定士の鑑定評価の規準
◇公共用地の取得価格の算定の規準
◇収用委員会の補償金の額の算定上の考慮事項
◇相続税評価、固定資産税評価の規準
このように不動産鑑定士が地価公示を実施している区域にある不動産(土地)の鑑定評価を行う場合には、公示価格との均衡に十分留意することが義務づけられており、公示価格は不動産鑑定評価額決定のための重要な指標となっています。
(2) 都道府県地価調査
都道府県地価調査は、国土利用計画法による土地取引規制における価格審査の規準及び同法に基づく規制区域内の土地の取引価格の算定の規準とすることを目的として、各年7月1日時点における基準地の正常な価格を調査公表する制度です。都道府県地価調査は、地価公示を実施している区域を含む全国において実施されており、実質的に地価公示制度を補完する役割を担っています。
都道府県地価調査における各基準地の正常な価格は、不動産鑑定士による鑑定評価によって調査され公表されています。
(3) 相続税評価
相続税等の課税価格の算定に係る土地の価額は、「当該財産の取得の時における時価による(相続税法第22条)」とされており、時価の評価の原則と各種財産の具体的な評価方法については財産評価基本通達に定められています。
また、納税者が申告する際に土地の時価を的確に把握することは一般的に困難であるため、納税者の申告の便宜と課税の公平を図る観点から、同通達に基づいて路線価等(いわゆる相続税路線価 ※)が定められ公表されています。
この路線価は、売買実例価額、公示価格、不動産鑑定士による鑑定評価額(不動産鑑定士が国税局長の委嘱により鑑定評価した価額をいう。)、精通者意見価格等をもとに国税局長が評定しています。路線価は土地基本法第 16条の趣旨を踏まえ、総合土地政策推進要綱等に沿って、その評価割合を公示価格水準の
80%程度とされ、その均衡化・適正化が図られています。
※国税庁長官が定めた財産評価基本通達において、宅地の評価については、市街地的形態を形成する地域にある宅地については
路線価方式、それ以外の宅地については倍率方式によって行うこととされています。
いずれの方式を適用するかは国税局長が定める財産評価基準書に示されていますが、
そのなかで示されている路線価が相続税路線価と呼ばれているものです。
(4) 固定資産税評価
固定資産とは、「土地、家屋及び償却資産を総称する(地方税法第 341条第 1号)」とされておりますが、ここでとりあげるのは土地の価格についてで、その「価格」とは、「適正な時価をいう(地方税法第 341条第 5号)」とされています。
そして固定資産税の課税標準額の決定は、原則として市町村長が行うものとなっており、市町村長は、総務大臣が定めた固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続(固定資産評価基準)によって、固定資産の価格を決定しなければならないとされています。
また、固定資産税評価における宅地の評価は、固定資産評価基準に基づき市街地的形態を形成する地域にあっては路線価方式(市街地宅地評価法)、その他の地域にあっては標準宅地の評価額に比準する方式(その他の宅地評価法)によって評価額が算出されています。
固定資産税評価は、3年に一度評価替えが行われることとなっていますが、平成 3年 1月に閣議決定された土地政策推進要綱で、「速やかに、地価公示価格の一定割合を目標に、その均衡化・適正化を推進する」こととされ、平成6年度評価替えから、固定資産税宅地における7割評価の方針が打ち出されました。
具体的には、平成 4年 1月の自治事務次官依命通達の一部改正において、地価公示価格、都道府県地価調査価格及び不動産鑑定士による鑑定評価価格の一定割合を目途とし、「当分の間この割合を
7割程度とする」ことが明記されました。その後、固定資産評価基準の一部改正(平成 8.9.3自治省告示)によって、「宅地の評価において、標準宅地の適正な時価を求める場合には、当分の間、基準年度の初日の属する年の前年の 1月1日の地価公示価格及び不動産鑑定士による鑑定評価から求められた価格等を活用することとし、これらの価格の 7割を目途として評定するものとする」という措置が講じられました。
これらの公的土地評価制度の概要をまとめたものが次表です。
区分 | 地価公示価格 | 相続税評価 | 固定資産税評価 |
---|---|---|---|
目的等 | 1 一般の土地取引の指標 2 不動産鑑定士の鑑定評価の規準 3 公共用地の取引価格等の算定の規準 |
1 相続税、贈与税及び地価税課税のため 2 相続又は贈与の際に課税地価税については、 毎年課税(平成10 年から課税停止) |
1 固定資産税課税のため 2 毎年課税 |
評価機関 | 国土交通省土地鑑定委員会 | 国税局長 | 市町村長 |
価格時点 | 1月1日(毎年公示) | 1月1日(毎年評価替) | 1月1日(3年に一度評価替) |
評価方法 | 標準地について2人以上の不動産鑑定士の鑑定評価を求め、国土交通省に設置された土地鑑定委員会がその結果を審査し必要な調整を行って正常な価格を判定し公示 | 1 市街地的形態を形成する地域にある宅地・・・路線価方式 2 その他の宅地・・・固定資産税評価額倍率方式 公示価格、精通者意見価格、売買実例価額を基に、公示価格ベースの仲値を評定し、これを基として各路線、各地域のバランスをとって路線価又は倍率を評定(地価公示価格水準の8割程度) |
売買実例価額から求める正常売買価格を基として適正な時価を求め、これに基づき評価額を算定 この場合、市街地的形態を形成する地域にあっては路線価方式によって、その他の地域にあっては標準宅地の評価額に比準する方式によって評価額を算出(地価公示価格の7割程度を目標) |
根拠法 | 地価公示法第2条第1項 「土地鑑定委員会は、・・・一定の基準日における当該標準地の単位面積当たりの正常な価格を判定し、これを公示する」 |
相続税法第22条 「相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による。」 地価税法第23 条 「土地等の価額は、・・・課税時期における時価による。」 |
地方税法第341 条第5号 「価格 適正な時価をいう。」 |
(5) 不動産鑑定評価に対する多様なニーズ
前述の公的土地評価以外にも、法令によって不動産鑑定評価が用いられる場合があります。例えば、会社法において、不動産を現物出資する場合には、その不動産の価額は不動産鑑定士の鑑定評価に基づいて決定するものとされ、また、抵当証券法では抵当証券を発行する場合には担保の十分性を証明する手段として不動産鑑定評価書が用いられます。
そのほかにも不動産鑑定評価は社会一般の多様なニーズに対応しています。ここにそれらのニーズの一例を紹介します。
◇売買などの取引における価格の判断資料として
売買、交換のほか、賃貸借などの不動産の取引において、あらかじめ適正な価格についての資料として不動産鑑定評価書を用意しておけば、相手方から提示される金額や条件の妥当性を判断するための材料となります。また、取引交渉において、価格についての双方の主張が対立したような場合にも、不動産鑑定評価を依頼することによって専門家の客観的な意見を得て、問題解決に役立てることができます。
◇公共用地の取得に伴う損失補償額の算定根拠として
公共用地を取得する場合には、用地対策連絡会が決定した「公共用地の取得に伴う損失補償基準」において、取得する土地の正常な取引価格をもって補償するものとされています。同補償基準に付属する「土地評価事務処理要領」においては、土地の正常な取引価格を算定する方法及び手続が定められていますが、そこでは土地の評価は原則として標準地比準評価法によって行うものとされ、標準地の評価は原則として不動産鑑定業者の鑑定評価を求めることになっています。
◇不動産の証券化や不動産投資信託の目的で取得する場合の不動産の価格の判断資料として
不動産の投資法人、投資信託又は特定目的会社に係る特定資産としての不動産の取得又は保有期間中の価格の調査等において、その不動産の価格を把握する際の参考として不動産鑑定評価書が活用されています。
◇現物出資や財産引受の目的である財産価格の証明
会社法第 28条の規定による株式会社の変態設立で、現物出資や財産引受の目的である不動産についての価格証明は、不動産鑑定士による鑑定評価を受けることが有用なため、不動産鑑定評価書が活用されています。
◇減損会計における正味売却価額の時価として
減損会計における不動産の正味売却価額の時価を求める場合に、不動産鑑定評価額が合理的に算定された価額として用いられます。
不動産鑑定評価の手順を図示すれば、次のフローチャートのとおりです。
不動産の鑑定評価に当たっては、具体的な評価作業に入る前に、どのような不動産を、どのような条件のもとで評価するかという基本的な前提が明確にされなければならず、そのためには、対象不動産、価格時点、鑑定評価によって求める価格または賃料の種類の確定がそれぞれ必要となります。
(1) 対象不動産の確定
対象不動産の確定とは、次の【1】~【5】の条件のうち、依頼の内容に応じたいずれかの条件を前提として、対象不動産を物的及び権利関係の両面から確定することにより、明確に他の不動産と区別し、特定することをいいます。この対象不動産の確定にあたって必要となる鑑定評価の条件を対象確定条件といいます。
【1】 現状を所与として鑑定評価の対象とすること
【2】 土地及び建物等の結合により構成されている不動産において、土地のみを建物等が存しない独立のもの(更地)として鑑定評価の対象とすること(独立鑑定評価)
【3】 土地及び建物等の結合により構成されている不動産において、その状態を所与として土地又は建物等のみを鑑定評価の対象とすること(部分鑑定評価)
【4】 併合又は分割を前提として、併合後または分割後の不動産を単独のものとして鑑定評価の対象とすること(併合又は分割鑑定評価)
【5】造成に関する工事が完了していない土地又は建築に係る工事が完了していない建物について、当該工事の完了を前提として鑑定評価の対象とすること(未竣工建物等鑑定評価)
対象不動産を明確に特定する物的事項としては、土地にあっては所在・地番・地目・地積等が、建物にあっては所在地・家屋番号・面積・構造・用途等があげられます。また、権利関係に関する事項としては、土地にあっては所有権、地上権、区分地上権、地役権、賃借権等が、建物等にあっては所有権、賃借権等があげられます。
また、対象確定条件のほかに、地域要因又は個別的要因に関する想定上の条件を付加することがありますが、これらの要因に関する想定上の条件の付加に当たっては、その条件が鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないかどうかの観点に加え、特に実現性及び合法性の観点から妥当なものでなければなりません。
なお、不動産鑑定士の通常の調査の範囲では、対象不動産の価格への影響の程度を判断するための事実の確認が困難な特定の価格形成要因が存する場合、当該価格形成要因について調査範囲等条件を設定することができます。ただし、調査範囲等条件を設定することができるのは、調査範囲等条件を設定しても鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないと判断される場合に限ります。
(2) 価格時点
不動産の価格は時の経過により変動するものであることから、鑑定評価額決定の基準日である価格時点を確定する必要があります。価格時点は、鑑定評価を行った年月日を基準として現在時点(現在の評価)、過去時点(過去の評価)及び将来時点(将来の評価)に分けられます。
過去時点の鑑定評価は、対象不動産の確認等が可能であり、かつ、資料の収集が可能な場合に限り行うことができます。また、将来時点の鑑定評価は、対象不動産の確定、価格形成要因の把握、分析及び最有効使用の判定についてすべて想定し、又は予測することとなるのみならず、収集する資料についても鑑定評価を行う時点までのものに限られるなど、不確実にならざるを得ないので、原則として行うことはできません。
(3) 鑑定評価によって求める価格または賃料の種類
価格または賃料の種類には、価格の種類として「正常価格」「限定価格」「特定価格」「特殊価格」が、賃料の種類として「正常賃料」「限定賃料」「継続賃料」があります。価格を求める鑑定評価にあたっては、原則として「正常価格」を、賃料を求める鑑定評価にあたっては一般的に「正常賃料」又は「継続賃料」を求めることとなります。
① 価格の種類
a. 正常価格
正常価格とは、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいいます。この場合において、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場とは、以下の条件を満たす市場をいいます。
(a) 市場参加者が自由意思に基づいて市場に参加し、参入、退出が自由であること。なお、ここでいう市場参加者は、自己の利益を最大化するため次のような要件を満たすとともに、慎重かつ賢明に予測し、行動するものとされています。
① 売り急ぎ、買い進み等をもたらす特別な動機のないこと。
② 対象不動産及び対象不動産が属する市場について取引を成立させるために必要となる通常の知識や情報を得ていること。
③ 取引を成立させるために通常必要と認められる労力、費用を費やしていること。
④ 対象不動産の最有効使用を前提とした価値判断を行うこと。
⑤ 買主が通常の資金調達能力を有していること。
(b) 取引形態が、市場参加者が制約されたり、売り急ぎ、買い進み等を誘引したりするような特別なものではないこと。
(c) 対象不動産が相当の期間市場に公開されていること。
b. 限定価格
限定価格とは、市場性を有する不動産について、不動産と取得する他の不動産との併合又は不動産の一部を取得する際の分割等に基づき、正常価格と同一の市場概念の下において形成されるであろう市場価値と乖離することにより、市場が相対的に限定される場合における取得部分の当該市場限定に基づく市場価値を適正に表示する価格をいいます。
限定価格を求める場合を例示すれば、次のとおりです。
(a) 借地権者が底地の併合を目的とする売買に関連する場合
(b) 隣接不動産の併合を目的とする売買に関連する場合
(c) 経済合理性に反する不動産の分割を前提とする売買に関連する場合
c. 特定価格
特定価格とは、市場性を有する不動産について、法令等による社会的要請を背景とする評価目的の下で、正常価格の前提となる諸条件を満たさない場合における不動産の経済価値を適正に表示する価格をいいます。
特定価格を求める場合を例示すれば、次のとおりです。
(a) 資産の流動化に関する法律又は投資信託及び投資法人に関する法律に基づく評価目的の下で、投資家に示すための投資採算価値を表す価格を求める場合
(b) 民事再生法に基づく評価目的の下で、早期売却を前提とした価格を求める場合
(c) 会社更生法又は民事再生法に基づく評価目的の下で、事業の継続を前提とした価格を求める場合
d. 特殊価格
特殊価格とは、文化財等の一般的に市場性を有しない不動産について、その利用現況等を前提とした不動産の経済価値を適正に表示する価格をいいます。
特殊価格を求める場合を例示すれば、文化財の指定を受けた建造物、宗教建築物又は現況による管理を継続する公共公益施設の用に供されている不動産について、その保存等に主眼をおいた鑑定評価を行う場合です。
② 賃料の種類
賃料の種類としては、新規の賃貸借等によるものか賃料改定によるものかにより、新規賃料と継続賃料とに区分され、さらに新規賃料は、正常賃料と限定賃料とに区分されます。
a. 正常賃料
正常賃料とは、「正常価格と同一の市場概念の下において新たな賃貸借等(賃借権若しくは地上権又は地役権に基づき、不動産を使用し、又は収益することをいいます)の契約において成立するであろう経済価値を表示する適正な賃料(新規賃料)」のことをいいます。なお、新規賃料の鑑定評価においては、原則として、この市場概念に基づく正常賃料を求めることとなります。
b. 限定賃料
限定賃料とは、「限定価格と同一の市場概念の下において新たな賃貸借等の契約において成立するであろう経済価値を適正に表示する賃料(新規賃料)」のことをいいます。なお、限定賃料を求めることができるケースとして基準では、隣接不動産の併合使用を前提とする賃貸借等に関連する場合及び経済合理性に反する不動産の分割使用を前提とする賃貸借等に関連する場合をあげています。
c. 継続賃料
継続賃料とは、「不動産の賃貸借等の継続に係る特定の当事者間において成立するであろう経済価値を適正に表示する賃料」のことをいいます。したがって、継続賃料は、賃貸借等の契約に係る賃料を改定する場合のものであり、契約の当事者が特定されていることとなります。
不動産の鑑定評価に当たっては、上記の基本的事項とともに、鑑定評価書の依頼者・提出先・開示先について確認を行い、当該不動産の鑑定評価に関与する不動産鑑定士(関与不動産鑑定士という)及び当該不動産鑑定士の所属する不動産鑑定業者(関与不動産鑑定業者という)と、対象不動産・依頼者・提出先・開示先との間の利害関係等の有無とその内容について明らかにする必要があります。
鑑定評価の基本的事項が確定されることにより、鑑定評価に当たってなすべき作業の性質・量等が定まってくるため、これに応じた処理計画を策定し、計画的・秩序的に作業を処理することとなります。具体的には、鑑定評価の各手順に必要な作業の性質・量等と不動産鑑定士及びその補助者の処理能力を勘案して、作業の日程・分担等を決定することとなります。
対象不動産の確認とは、先に確定された対象不動産が現実にどのような状態で存在するかを「実地調査、聴聞、公的資料の調査」を通じて確認することであり、物的確認と権利の態様の確認とからなります。
(1) 物的確認
物的確認とは、対象不動産を実地に確認し、鑑定評価の基本的事項の確定において確定された対象不動産の存否及びその内容を物的に照合することをいいます。
具体的には、土地については所在・地番・地目・地積・形状・境界・定着物の有無等を確認し、建物等については所在地・家屋番号・建築面積及び延面積・構造・用途等を確認します。また、登記簿等に登記・登録されている内容についても実態との異同を確認します。
(2) 権利の態様の確認
権利の態様の確認とは、物的に確認された対象不動産について、当該不動産に係るすべての権利関係を明瞭に確認することにより、鑑定評価の対象となる権利の存否及びその内容を照合することをいいます。その際には、登記等のされていない権利についても、現地調査、聴聞、公的資料の調査において知り得る限りの範囲の調査をすることにしています。
不動産の鑑定評価の妥当性は、その鑑定評価に採用された資料のいかんにより左右されるものです。したがって、資料の収集及び整理は、鑑定評価の作業に十分活用しうるように、適切かつ合理的な計画に基づいて、豊富に、秩序正しく、かつ誠実に行う必要があります。資料は、おおむね次のように分類されます。
(1) 確認資料
確認資料とは、不動産の物的確認及び権利の態様の確認を行う場合に必要となる資料のことであり、具体的には位置略図、登記簿(謄本・登記事項証明書)、不動産登記法による地図または地図に準ずる図画(公図)、建物等の配置図、各階平面図等(各写し)、仮換地証明書・仮換地図、実測図、設計図書、見積書、固定資産税評価証明書、土地・建物賃貸借契約書等があります。
(2) 要因資料
要因資料とは、価格形成要因に照応する資料のことであり、これは、一般資料、地域資料及び個別資料に分けられます。
一般資料とは、一般的要因に照応する資料のことであり、国勢調査、経済成長率、景気動向指数、基準割引率及び基準貸付利率、物価指数に関するもの等があります。
地域資料とは、地域要因に照応する資料のことであり、不動産市場の需給に関する資料、都市計画図、地方自治体の条例及び開発指導要綱に関するもの等があります。
個別資料とは、個別的要因に照応する資料のことであり、対象不動産の需要者の区分に応じた市場資料を含み、対象不動産の個別的特性を明確に把握し、個別分析等を的確に行うためのもので、土壌及び地盤や日影図に関するもの等があります。
(3) 事例資料
事例資料とは、鑑定評価方式の適用に当たって必要とされる現実の取引価格・賃料等に関する資料のことをいいます。事例資料には、取引事例比較法の適用に必要な取引事例、収益還元法の適用に必要な収益事例、原価法の適用に必要な造成・建設事例等があります。
(1) 資料の検討
資料の検討に当たっては、収集された資料が鑑定評価作業に活用するために必要にして十分なものであるか否か、その性格が偏向的なものでなく信頼性の高いものかどうかについて考察を行うこととなります。
(2) 価格形成要因の分析
① 価格形成要因とは
不動産の価格は、多数の価格を形成する要因(以下「価格形成要因」といいます)の相互作用の結果として形成されるものです。価格形成要因は、市場参加者の観点から、一般的要因、地域要因及び個別的要因に分けられます。
a. 一般的要因
一般的要因とは、一般経済社会における不動産のあり方及び不動産の価格の水準に影響を与える要因のことをいいます。一般的要因は、自然的要因(例えば、地質・地盤・土壌の状態等)、社会的要因(例えば、人口・家族構成・世帯分離の状態等)、経済的要因(例えば、財政・金融・物価の状態等)及び行政的要因(例えば、土地利用に関する計画・規制の状態等)に分けられます。
b. 地域要因
不動産は、他の不動産と隔絶されてそれらと無関係に、個々の不動産が独立して存在するというものではなくて、他の不動産とともに用途的に同質性を有する一定の地域を構成して、これに属することが通常です。
そしてこのような地域においては、他の地域と異なるその地域独自の特性を有し、その地域ごとに一定の価格水準が形成されることとなります。
地域要因とは、その地域の特性を形成し、その地域に属する不動産の価格の形成に全般的な影響を与える要因のことをいいます。
地域要因を考察する場合、住宅地域では快適性及び利便性に、商業地域では収益性に、工業地域では費用の経済性及び生産の効率性に、また、農地地域及び林地地域では生産性及び収益性に係る要因項目に、主として着目することとなります。
c. 個別的要因
個別的要因とは、不動産に個別性を生じさせ当該不動産の価格を個別的に形成する要因のことをいいます。個別的要因は、土地に関する要因(例えば、上記地域要因と共通する要因のほか、間口・奥行・地積等)、建物に関する要因(例えば、面積・構造・材質等)並びに建物及びその敷地に関する要因(例えば、建物の配置、賃貸用不動産の経営管理の良否等)に分けられます。
② 価格形成要因の分析
以上のとおり、不動産の価格は、一般経済社会における不動産の価格の一般的な水準等に影響を与える一般的要因、個々の不動産が属する地域の不動産の価格水準に影響を与える地域要因及び個々の不動産の価格に影響を与える個別的要因という、諸要因間の相互作用の結果として形成されることとなります。また、この相互作用は、対象不動産に係る市場がどのような特性を有するかによって異なった影響を持つことになります。
このため、鑑定評価にあたっては、市場分析を通じ価格形成要因を明確に把握し、その推移・動向及び諸要因間の相互関係を分析することが必要となります。そして、この分析をとおして個々の不動産の最有効使用(その不動産の市場価値が最大となるような使用)を判定し、価格を求めることとなります。
価格形成要因の分析とは、市場参加者の観点から行う一般的要因の分析、地域要因の分析(地域分析)及び個別的要因の分析(個別分析)のことをいいます。
a. 一般的要因の分析
一般的要因の分析は、評価作業の随所において行われるものであり、絶えず価格判定の妥当性を験証する有力な指標として活用されることとなります。
b. 地域分析
不動産は、その種類や規模に応じてそれぞれの異なった市場が形成されます。
したがって、地域分析とは、対象不動産がどのような地域に存するか、その地域はどのような地域の特性を有するか、また、対象不動産に係る市場はどのような特性を有するか、そしてその特性は地域内の不動産の利用形態と価格形成について全般的にどのような影響力を持っているかを分析・判定することをいいます。
地域分析に当たって特に重要な地域として、用途的観点から区分される地域(用途的地域)の「近隣地域」「類似地域」と、より広域的な「同一需給圏」があります。
(a) 近隣地域とは、対象不動産が属する地域で、居住、商業活動、工業生産活動というような、ある特定の用途に供されることを中心に、地域的にあるまとまりをしめしている地域のことであり、対象不動産の価格の形成に関して直接の影響を与えるような地域の特性を持っています。
(b) 類似地域とは、近隣地域と類似する地域の特性を持つ地域をいいます。
(c) 同一需給圏とは、一般に対象不動産と代替関係が成立して、その価格の形成について相互に影響を及ぼすような関係にある他の不動産が存在する圏域のことをいいます。それは、通常は近隣地域や近隣地域と相関関係にある類似地域等を含む広域的な圏域をいいます。このため、同一需給圏内の類似地域等に存する不動産にかかる事例資料についても、対象不動産の価格を導き出すための資料として適格性を有することとなります。近隣地域や類似地域の外にあっても、同一需給圏内に存し対象不動産とその用途、規模、品等などの類似性に基づいて、これら相互の間に代替、競争等の関係が成立する場合があります。
なお、地域の特性は、通常、その地域に属する不動産の一般的な標準的使用に具体的に現れるものであり、その地域に属する不動産の「最有効使用」を判定する重要な指標となるものですが、対象不動産の位置、規模等によっては、標準的使用と異なる用途の可能性が考えられるので、その不動産の市場参加者(買い手)の属性を明らかにすることにより最有効使用を判定することが必要となります。
c. 個別分析
不動産の価格は、その不動産の“最有効使用”を前提として把握されるところから、鑑定評価にあたっては、対象不動産の最有効使用を判定することが必要となります。個別分析においては、対象不動産に係る典型的な需要者の行動を明らかにし、対象不動産の優劣及び競争力をどのように評価しているかを的確に把握することが重要です。
なお、個々の土地の最有効使用は、近隣地域の地域の特性の制約下にあるものですから、個別分析にあたっては、特に近隣地域に存する不動産の標準的使用との相互関係を明らかにすることが必要となります。建物及びその敷地の最有効使用は、更地としての最有効使用と必ずしも一致するものではありません。現実の建物の用途等が更地としての最有効使用と一致していない場合には、更地としての最有効使用を実現するために要する費用等を勘案する必要があり、また、現実の建物の用途等を継続する場合には、その経済価値と建物取壊しや用途変更等に要する費用等を勘案した経済価値の比較を行う必要があります。
鑑定評価の方式には、(1)原価方式、(2)比較方式及び(3)収益方式の三方式があり、鑑定評価にあたっては原則として三方式を併用することとされています。この三方式は、価格を求める手法と賃料を求める手法に分かれます。
ただし、対象不動産の種類・所在地の実情・資料の信頼性等によっては三方式の適用が困難なこともありますが、その場合においても、適用困難な方式の考え方をできるかぎり斟酌するように努めています。例えば、後記のとおり既成市街地の土地については原価法をそのまま適用することはできませんが、取引事例比較法における個別的要因の比較の際には、費用性等の考え方を取り入れるというようなことです。
なお、価格を求める場合、案件によっては基本的な三手法に加え、これら三手法の考え方を活用した開発法等の手法を適用できる場合があります。
(1) 原価方式
原価方式には、価格を求める場合の手法である「原価法」と賃料を求める場合の手法である「積算法」とがありますが、ここでは原価法について述べます。
基準では、「原価法は、価格時点における対象不動産の再調達原価を求め、この再調達原価について減価修正を行って対象不動産の試算価格を求める手法である。」と定義されており、これにより求められた試算価格を「積算価格」と呼びます。
この手法は、対象不動産が建物等の場合のほか、土地についても再調達原価を求めうる造成地・埋立地等の場合には適用できますが、再調達原価の把握ができない既成市街地の土地等については適用が困難となります。
なお、原価法の減価修正における物理的、機能的及び経済的減価については、収益還元法における修繕費、設備更新費、収益動向を反映した空室率や還元利回りと共通の要因であり同時に取引事例比較法の比較要因とも共通する事項となります。
(2) 比較方式
比較方式には、価格を求める場合の手法である「取引事例比較法」と賃料を求める場合の手法である「賃貸事例比較法」とがありますが、ここでは取引事例比較法について述べます。
基準では、「取引事例比較法は、まず多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求められた価格を比較考量し、これによって対象不動産の試算価格を求める手法である。」と定義されており、これにより求められた試算価格を「比準価格」と呼びます。
この手法は、対象不動産と類似の不動産の取引が数多く行われている場合又は、対象不動産が標準的使用と異なる用途の場合等における「同一需給圏内の代替競争不動産」の取引事例が存する場合に有効となります。
また、このほかに地域要因の比較及び個別的要因の比較については、それぞれの地域における個別的要因が標準的な土地を設定して行う方法があります。後記の当研究所発行の不動産鑑定評価書記載例のとおり当研究所では「標準価格比準法」を原則としており、近隣地域の標準的使用における標準的画地の価格(標準価格)をまず求め、これと対象不動産の個別的要因を比較して比準価格を求めております。「標準価格比準法」のほかに「標準地比準法」といわれる方法もあります。
(3) 収益方式
収益方式には、価格を求める場合の手法である「収益還元法」と賃料を求める場合の手法である「収益分析法」とがありますが、ここでは収益還元法について述べます。
基準では、「収益還元法は、対象不動産が将来生みだすであろうと期待される純収益の現在価値の総和を求めることにより対象不動産の試算価格を求める手法である。」と定義されており、一期間の純収益を還元利回りで還元して対象不動産の試算価格を求める直接還元法と連続する複数の期間に発生する純収益等の現在価格の合計を求める DCF法(後述)があります。これにより求められた試算価格を「収益価格」と呼びます。なお、この手法は、対象不動産が貸ビル等の収益用不動産である場合には特に有効となります。
試算価格または試算賃料の調整とは、複数の手法により求められた試算価格(賃料)の再吟味と説得力の判断を通じ鑑定評価額を決定することをさします。実務に則して具体的にいえば、再吟味とは、特に各手法に共通する価格形成要因について、繰り返し検討した結果を踏まえ十分に整合性がとれていることを明確にすることであり、説得力の判断とは、再吟味の過程において、特に市場分析と各手法の適合性及び手法適用に用いた資料の限界からくる相対的信頼性について判断することをさします。
前記の手順を十分に尽くした後、専門職業家としての良心に従い、適正と判断される鑑定評価額を決定することとなります。
鑑定評価額及び対象不動産の内容等が記載された鑑定評価報告書の作成によって、鑑定評価の手順は完結することとなります。
① 鑑定評価報告書と鑑定評価書の相違点
鑑定評価報告書は、不動産鑑定士が鑑定評価の成果を記載した文書で、鑑定評価の基本的事項、鑑定評価額、同決定の事由を記述して、自らの判断と意見とを表明し、その責任を明らかにすることを目的とするものです。
一方、鑑定評価書も同様に、鑑定評価の成果を記載した文書ですが、これは、不動産鑑定業者がご依頼者に対して発行するものです。すなわち、鑑定評価報告書は、鑑定評価を行った不動産鑑定士がその成果を自らの属する不動産鑑定業者に報告する文書で、当該業者がご依頼者に発行する鑑定評価書の実質的な内容となるものです。鑑定評価書には、当該鑑定評価に関与した不動産鑑定士が、その資格を表示して鑑定評価書に署名押印することが義務付けられています。
なお、当研究所の鑑定評価書については、主たる事務所である本社と各エリアを担当する従たる事務所としての支社・支所において発行します。
② 鑑定評価報告書と鑑定評価書の記載事項
a.「基準総論」による鑑定評価報告書の記載事項
b.「基準各論第 3章」による鑑定評価報告書の記載事項
c. 不動産鑑定評価に関する法律施行規則第 38条第 1項による鑑定評価書の記載事項