欧米のまちづくりでは、よくplace-makingという言葉が使われる。文字通り訳せば「場所づくり」ということになるが、たとえば広場をつくったとして、それが誰にも使われなければただの空間であるが、人々が集い交流することが積み重なることによってそこが場所に変わっていく。だから「空間」づくりではなくて、「場所」づくりが重要だというメッセージである。では、空間を場所に変えるものは何か? 私たちはそれこそが固有性であると考えている。言い換えれば、空間は、固有性を得て、場所に転化する。
カナダの地理学者エドワード・レルフは、著書『場所の現象学』(ちくま学芸文庫)の中で、昨今の都市づくりは空間づくりに偏重しており、場所づくりの観点からこれを見直すことが肝要と言っている。こうした空間づくりへの偏重は、わが国の都市づくりでもしばしば見られるように思うが、その理由は、筆者の考えによれば、都市づくりにおける標準化・普遍化へのベクトルの存在である。
現代世界は都市の時代と言われており、それぞれの都市は他の都市と熾烈な競争を続けている。特にわが国では、東京や横浜、大阪、名古屋といった大都市は、成長目覚ましいアジアの諸都市との間で、グローバルな経済拠点としてのステータスを獲得するための競争が激化しており、また、人口減少が顕在化しつつある地方では、生き残りを目指した地域間競争を繰り広げている。そうした中で、競争に対応する1つの方向として、標準化は、無視することができない強い要請となっている。標準化は床のスペース、建物のスペック、用途の構成、空間の設えなど、都市づくりのおよそあらゆるスケールで求められ、それ自体が1つのスタイルとなっているといってもよい。
しかしその一方で、ちょうどグローバル化が進めば進むほどそれに抗する力としてローカル化が強まるのと同じように、都市づくりでも標準化に対抗して固有化・差別化のベクトルが力を強めてきているように見える。その背景には、標準化は今では文字通りの標準装備、デフォルトとなり、一時的には競争で優位にたてたとしても、標準化だけではそう遠くない将来には似たような都市づくりに追い越されることが明らかであり、競争において真に持続的に力を発揮するのは、標準化ではなく、むしろ都市づくりでどれだけ固有性を特徴づけられているかであるということに、多くの人々が気付き始めたからではないかと思う。ここに集められたのは、そういった観点から私たちが「固有性まちづくり」と呼びたい都市づくりの事例であり、いずれも、地域の固有性を強調し、空間づくりを場所づくりに発展させたと考える都市づくりである。
標準化が都市づくりのおよそあらゆる側面で要請されているのと同様に、固有化が都市づくりで強調されるところも実に多様である。ここではそれらは、便宜上、①自然・地形、②歴史伝統、③地場産業、④生活・文化、⑤環境・景観、⑥地域再生、の6つに分類されている。はじめの4つのグループは、地域自体が有する固有性に着目し、その拠り所としてそれぞれ風土、時間、生業、文化を強調した都市づくりであるのに対して、⑤環境・景観、⑥地域再生は、それぞれのテーマにおいて、試み自体が他にはなかなか見られないという意味で固有性を有していると考えられる事例である。とはいっても分類はそれほど厳密ではないので、あくまでも便宜的なものと考えてほしい。
ここで紹介されている事例は、固有性まちづくりのほんの一部にすぎないが、それぞれの地域で固有性まちづくりをすすめ、その結果、地域を少しでも豊かで持続可能な場所に変えていく際の参考になればと期待している。