東京藝術大学美術学部建築科 講師
河村 茂 氏 博士(工学)
プロフィール
1973年東京都に入都
土地・建物利用現況悉皆調査の企画実施(現況図に整理し数値化)
副都心整備計画の策定と新宿・渋谷・大崎等の開発誘導
高度地区絶対高さ制限導入の企画、新宿区で実施
その他、アークヒルズ、六本木ヒルズ、東京ミッドタウンなど再開発誘導
公団(現、都市再生機構)で東雲、豊洲の事業に従事
芸大は2007年~
単著「日本の首都江戸・東京都市づくり物語」、「建築からのまちづくり」など
近代都市計画は、工業社会の器である産業都市を整備するためのもので
経済成長により需要が高まり拡大する都市を前提に、一定の環境を維持し
つつ経済効率を追求、都市活動を円滑化するための技術であり、その原理
は標準化にある。
これは土地の固有性を消し、まるで工業製品をつくるようにして都市の
各部を「画一性」と「均質性」をモチーフに造りあげていく。即ち、鳥の
目をもって都市全体をとらえ、その動きを効率化するため都市機能を各地
域に合理的に配分(分化)、都市を構成する各地域毎に機能の専用化(純
化)を図ることで、都市活動が全体として最適化されるよう仕組むのが
近代都市計画技術である。
具体には、市街は碁盤の目のように区画整理し、都心部は大街区方式で
再開発を進めオフィスタワーを建設、また周辺は近隣住区方式で住宅地を
整備、住宅団地や学校など公共施設の整備は、モジュール方式でユニット
化し建築生産の効率性を高める。さらに、都市内の各地域間や都心と周辺
との間は、まるで工場のベルトコンベアーのように、ハイウェイや鉄道な
ど高速交通網で結びつける。こうして大都市中心市街は、高層ビルがひし
めくビジネスセンターに、また郊外の住宅地は低密度の専用住宅地として
整備される。しかし、都心部では大街区に長大な建物壁面が連なり、空を
突き指すように超人間スケールのスカイスクレーパーが伸び、その足下に
は犯罪の温床となりそうな人っ気のない公園がとられる、世界の各地でそ
んな状況が現出していった。
当時、ルポライターだったジェイコブズは、このビルとハイウェイと自動車だけの近代都市を見て、まるで機械工場のようで人の姿がほとんど見られず賑わいや生気に欠け、いったい「誰のための都市か」と批判したそして大都市を人間の都市として再生させるため、人間の生活行動を規範に「多様性」の原理を掲げ、虫の目からのまちづくりを展開することで、生活満足度の高い文化的なまちとし、都市に人間の姿をまた賑わいや活気を取り戻そうとした。
このジェイコブズの都市思想は、理念的には多くの賛同を得たが、これを実現するための方法論が弱いとされた。しかし、その後、方法論も北米ではニューアーバニズム、欧州ではコンパクトシティそして英国ではアーバンビレッジとして発展を遂げ、具体の対応方策、措置が明示され、適用事例も増えてきている。
日本でも、ここに取り上げたアーバンビレッジとしての「山の手・代官山」(建築家・槇文彦が地元のデベロッパー朝倉不動産と組み、都市デザイン手法を適用し地域の魅力を創出したもの)と、「寺町・谷中」(森まゆみらが地域雑誌を活用し、人々の共感を得て暮らしの作法を身につけ地域価値を保存・修復し活用するもの)の二題は、そうした考え方に沿うものでありさらに場所のもつ固有性を重視する伝統的な都市論をふまえ展開されており対応方法は異なるが我が国における、地域の魅力や価値を十二分に発揮した人間都市づくりの代表的な事例といえる。それではジェイコブズの人間都市論の発展系の一つである、アーバンビレッジの形成に向けたまちづくりの具体的方法を、日本の伝統的なまちづくりスタイルをふまえ、10のメソッドにまとめたので紹介しよう。具体のまちづくりの実践にあたっては、ここに掲げる全ての事項に対応するということではなく、場所柄やプロジェクトの性格などに応じ、必要とされる事項の多くに配慮を払い実現していくことが求められる。
気象や地勢など気候・風土また歴史や伝統など、地域の有する自然や文化と馴染むよう対応すること。私たちは暮らしの基盤となる、土地の原風景やこれまで培ってきた伝統的な文化環境の中に身を置くと、心が落ち着き穏やかな気分に浸ることができる。 まちづくりにあたっては、その地の自然的文化的特性をしっかり押さえるとともに、必要に応じ新しい文明・文化を取り入れる際も、これらとよく折り合い融合するよう対応していくことが重要である。
その場所に固有なもの独特なものに光を当て、これらの価値や魅力を積極的に活かすまちづくりとすること。近代社会において標準化は、生活の底上げという意味で無視できない原理であり、建物のスペック、用途の構成、空間の設えなど、まちづくりの各局面で求められてくる。しかし、この原理は低水準の社会状況においては有効たり得ても、生活水準が上がってくると有効度が低下、水準をさらに高めたまちに追い越されると、まちの魅力は陳腐化してしまう。まちを持続的に発展させていくには、固有性概念を取り入れ、まちづくりにおいて、その場所が有する独特な魅力や価値をどれだけ多く反映することができるか、ということが肝要となる。
まちは複数の用途や形態を有し、また新旧の建物が混じる(ミクスト・ユース)などして多様性を備えることで、賑わいを醸し地域活力あふれるまちとすること。
地域が多様性をもつことで、貧しい者も富める者も、様々な階層・世代のものが同じまちに暮らせるようになり、相互の交流により理解も進みまちは安寧となる。また、文化的刺激をうけ互いに影響を及ぼしあい、意識啓発されることで、創造的な活動を展開する契機が生まれ、地域が活性化していく。
小規模で高密度なヒューマンスケールの街区が周囲と有機的な関係を保ちながら、徐々に連担し発展していく漸進的なスローなまちづくりとすること。
まちは歩いて暮らせることを基本に街区は小さく構成し、交差点の数を沢山とり、人々の出会いの機会を多くするとともに、表通りに沿っては多様な用途を配し、いつも人の目があってお年寄りや子供も無理なく買物ができ、誰もがぶらぶら歩きできるのどかなまちとする。
旧い建物の保存・修復、コンバージョンを図るなどして、新しいものだけでなく旧いものの中にも価値を見出し、これらの維持・継承に力を注ぐことで、文化的に見て持続性のあるまちとすること。
我々は現在を生きるだけでなく、記憶の中にも生きており、時々は子供の頃の、また社会に出ても駆け出しの頃の風景などを思い出しては懐かしみ、一息つきまた明日へと踏み出していく。そんな時まちを大街区方式の開発で、思い出ある風景を一挙にぬぐい去るように更新してしまうと、人は過去と断絶し根無し草となってしまう。文化的つながりを感じながら心安らかに暮らすには、まちの遺伝子が伝承され、持続的に発展するまちとする必要がある。
空間構成におけるプライバシーとパブリックの関係に留意し、地を這う虫の目から相隣関係をとらえ、生活の質を高めるべく近隣相互の関係に留意し、きめ細かくデザインするとともに適切に運営していくこと。
隣り合う建物相互の位置関係(窓や部屋用途の配置等)を押さえるとともに、建物内も空間相互の関係に留意し配置や材料(ガラスや壁等)などにも注意し、相互の関係を適切にデザインする。また住宅と街路また緑地や広場、さらには店舗や文化施設等との関係にも気を遣い、プライバシー侵害なくまた防犯監視などコミュニティ機能が阻害されないよう、運営面からもきめ細かな配慮を行い、まちの環境の質の向上を図っていく必要がある。
地域像の共有を図るとともに、その実現に向け、まちづくりルール・作法について合意のあるまちとすること。
開発整備型まちづくりの場合は、先導的プロジェクトを実施するなどして、まちの価値が認知された段階で、その価値の維持・増進に向け周辺も含め公的ルールをつくる必要がある。また、修復・保存型のまちづくりの場合は、地域雑誌の発行やWeb上で、その魅力に訴求するなどして、地域価値を掘り起こし、世間的にその認知を図るとともに、これを維持していくため、まちづくりの作法をルールとして確立する必要がある。
地域に暮らす人びとの地域への帰属意識が高く、また当該まちに愛着を持つファンが多いまちとすること。
自身が暮らすまちに愛着と誇りがもてるようになると、まちづくりにも積極的に関わるようになる。また、外部に暮らす人々の間で当該まちのファンやサポーターが増えてくると、ターゲットとなるまちも世間から多くの視線を浴びることで、そのまちづくりは活性化、まちのブラッシュアップが進む。
土地・建物にかかる所有関係は借地・借家方式を主流とすること。即ちまちに地主や大家がいてその所有する不動産を賃貸に出す割合が高いまちにしていくこと。
地域の有する価値や魅力を保持していくには、ハード面におけるまちづくりのルールだけでなく、ソフト面からまちの暮らし方についても、一定の作法を身につける必要がある。そのため運営組織に主体的に関与するなどしてまちの統治力を高めるとともに、オーナーの立場でも指導力を発揮しやすい不動産関係としていく必要がある。
まちづくりを円滑に推進するとともに、まちを適切に運営管理する組織のあるまちとすること。
まちづくりを進める上で問題点や課題について意見交換をしたり、またまちづくりに向け協議し対応策をまとめ実行するには関係者間の協議のための場と、まちを運営管理する組織が必要となる、また地域の人たちだけでは運営能力が不足する場合は、
必要に応じ専門家の活用を図ることが肝要となる。