ハードとしての景観整備が進むと人びとの関心も高まり、まちの使い方についてもルールをつくろうではないかということになった。そこでできたのが暮らしの憲法とでもいうべき「町式目」である。、全部で6章24項目で構成されており、2004年に協議会で採択された。主な内容としては、伝統文化の継承・発展に努めること、地区のルールを守ること、来訪者に温かく親切に接すること、火の用心と防犯に留意すること、不動産の権利移譲は予め協議会に報告すること、等々である。
このようにこのまちでは、この地独特の風情を界隈性を維持・継承しようと、祇園の町の人々も市役所の職員も一所懸命である。それは両者ともこの場所のもつ価値を十二分に知っているからである。そして現在を生きる人々に、このまちの魅力を味わってもらうとともに、伝統的建造物群が醸すこのまち独特の風情を次代の人たちにバトにタッチしようと努力しているのである。この場所のもつ固有な価値は、地主と借地人など町方の人々が力を合わせて創り上げてきた独特のシステムをベースに成り立っている。それを行政もバックアップしさらに充実強化することで、界隈性の維持・継承に努めている。
この祇園のまち独特の風情は、屋内でのおもてなしサービスとあわせ、日本文化を代表するもののひとつとなっている。その価値は、実は日本人以上に外国の人の方が知っている。米軍が太平洋戦争のとき、このまちを爆撃対象にしなかったのは、この地が長年かけ生活文化を紡ぐようにして創りあげてきた、このまちの界隈性を人類全体の財産と捉えたからである。だからこそいま世界遺産となっている。この地は外国の人たちから見ても、そんな価値のあるまちなのである。そのことを私たち日本人はもっと自覚し、ハード(茶屋建築の町並み)とソフト(舞子や芸妓、仲居さんなどによる、おもてなしのサービス)とが絡み合って醸す、この地固有な風情ある祇園文化を、さらにブラッシュアップする形で、次の時代へとつないでいくことが求められる。
そのためにも私たちは、このまちづくりにユーザーとして参加し、まち歩きをしたり飲食やおもてなしサービスを受け、この地の生活文化を楽しむことが肝要である。このことがこのまちの地場産業の活性化につながり、結果、まちの継承にも寄与していくことになる。このようなまちづくりへの参加の仕方もあることを、私たちは忘れてはならない。価値ある魅力的なまちを維持・継承していくには、ただ遠くから眺めているだけではだめで、多くの人が積極的にまちを使い込んでいくことが求められる。